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東京地方裁判所 昭和34年(行)34号 判決 1960年9月08日

原告 小島静也

被告 東京都

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、東京都中央区小田原町三丁目一二番地の三、土地六一坪七合八勺のうち三〇坪(河川に向つて右半分の土地)を引渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、被告は、請求の趣旨記載の土地六一坪七合八勺(以下これを本件土地という)を含む附近一帯の土地(河川に面している)を所有し、かつてはこれを築地市場の荷揚場として一般公共の用に供していたのであるが、昭和一二年頃右市場の拡張整備にともない、これらの土地が右荷揚場として不要になり、一般商人にこれを賃貸するようになつた。本件土地も右のような経過で訴外箕輪熊彦がこれを被告から賃借し、その地上に建坪五坪の建物(物置)を建築所有していたが、原告において昭和二二年頃箕輪から右建物を借地権とともに譲受け、右借地権譲受について被告の承認を得た。しかして、原告の有する右賃借権の内容は、本件土地のうち請求の趣旨記載の三〇坪の部分につき、期間は一〇〇日、期間満了ととも更新する、賃料(占用料金と称されていた)四二〇円、地上に建物を設置することができる、というものである。原告は、以来前記建物を店舖として油販売業を営み(油漕船をもつて横浜方面より油を輸送し、これを本件土地に横付けし荷揚げしていた。)、そのようにして右三〇坪の土地を右借地権に基いて占有使用してきた。なお、本件土地が、大正年代に公共物揚場としての指定がなされ、昭和三三年一二月六日右指定が廃止されたことは被告主張のとおりであるが、現実に公共物揚場として利用されていた事実は存しない。

二、しかるに東京都知事は、本件土地はいわゆる公共物揚場であつて、原告において地上に建物を設置する権原がないものとして、原告に対し前記建物を除却するよう命じたうえ、原告が右除却義務を履行しないことを理由に昭和三三年五月三一日付代執行令書に基き同年六月二日建物除却の代執行をし、原告の占有使用する三〇坪の土地の占有を奪つた。そして被告は現に右土地を占有している。

三、都知事のなした右代執行処分は、次のような理由で無効である。

(一)  行政代執行法第二条に違反する。

前記第一項に述べたとおり、本件土地を含む附近一帯の都有地は、昭和一二年頃から一般商人に賃貸されるようになつたものであるから、そのとき以来これらの土地は東京都有財産条例第三条にいわゆる行政財産としての性質を失い、普通財産のうちの雑種財産となつたものというべきである。そして雑種財産は、同第一五条により譲渡貸付け等私法的処分の対象となしうるものであり、原告に対する占用許可も、その実質は民法上の賃貸借である。すなわち、原告の有する本件賃借権は、都知事の占有許可という形で与えられ、賃料も占用料金という名義で支払つてきたのであるが、このような形式は、ことの実質を左右するものではない。そうだとすれば、被告の主張する原告の建物除却土地明渡の義務は、行政上の義務でなく、私法上の義務にほかならないから、これに対しては司法上の義務履行の方法によるべきであり、行政代執行の方法によることは許されない。またかりに、右が行政上の義務だとしても、本件のような場合は、まず司法上の義務履行の方法によるべきであるから、それを措いて直ちに行政代執行の方法に訴えることは許されない。また、前記のとおり、本件土地一帯は既に一般商人に賃貸されているのであるから原告の義務不履行を放置しても、著しく公益に反することはないというべきであるから、この点においても代執行の要件を欠く違法がある。

(二)  代執行令書発付前、予め義務履行の戒告がなされなかつた。

右のとおり都知事のなした代執行処分は無効であるから、被告はこれによつて奪つた三〇坪の土地の占有を原告に返還すべきである。よつて、被告に対し右土地の引渡しを求める。

四、右が理由がないとしても、原告は右土地につき前記第一項記載のとおり、被告に対し賃借権を有するから、右賃借権に基いて右土地の引渡しを求める。

(立証省略)

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、被告が原告主張の土地を所有していること、訴外箕輪が本件土地上に原告主張のような建物を所有し、それを原告が箕輪から譲受けたこと、原告が右建物を店舖としてその主張のような営業をし、本件土地のうち原告主張部分を占有使用していたことは認めるが、本件土地の隣接地が沿革的にみて築地市場の荷揚場として使用されていたこと、訴外箕輪が本件土地に賃借権を有していたこと、原告が本件土地のうちその主張部分につき賃借権を有すること、その主張の賃借権譲受につき被告の承認を得たことは否認する。原告がその主張の建物を箕輪から譲受け、土地の占有を始めたのは昭和二九年九月である。

本件土地は、大正年代に公共物揚場に指定され、以後本件代執行処分のなされた後である昭和三三年一二月六日に右指定が廃止されるまで、公共荷揚場として一般の利用に供されていたものである。しかるに原告はなんらの権原なく、昭和二九年九月以降本件土地上にその主張の建物を設置し、土地を独占的に占拠していたもので、右建物の前主である訴外箕輪の本件土地使用も原告同様無断使用であつた。

二、都知事が原告主張のような代執行をし、原告からその主張の土地部分の占有を取得し、被告が現に右土地を占有していることは認める。

三、本件代執行をなすにあたり、その手続の一たる戒告は、昭和三三年四月二五日原告宛に差出され、同月二七日原告に到達したものである。

本件土地は、公共物揚場使用条例に基き都知事が設置管理している営造物であつて、原告の主張するように雑種財産に該るものではない。そして本件代執行の前提たる除却命令は、「公共団体の管理する公共土地物件の使用に関する法律」第一条に基き発せられたものであるから、右除却命令に応じない場合行政代執行をなしうることは当然である。また原告は、本件代執行は、司法権に基く強制執行が可能であるという意味において「他の手段によつてその執行を確保することが困難である」場合に該当しないと主張するが、右法文の意味を民事訴訟法に基く強制執行が可能である場合には、行政代執行は一切できないという意味に解釈するならば、行政代執行法の適用される場合は不当に極限され、公益に関する義務の履行を迅速かつ適正に確保せんとする右法律の趣旨を没却することとなるから、そのような解釈は採りえない。次に、本件土地のような公共物揚場については、一般公共の用に供するという本来の目的からして、公共物揚場使用条例により、とくに三日以上一定の区域を引続き専用する場合には、一般の使用を妨げない範囲内で知事の許可をうけなければならないこととされている。このような公共物揚場の公共的性格からして、なんらの権原なく原告が本件土地を昭和二九年九月以降引続き独占的に占拠し、しかも都知事の再三にわたる明渡要求に応じないということは、まさにその不履行を放置することが著しく公益に反すると認めざるをえないものである。

右のとおりであるから、本件代執行処分には原告主張のような違法はない。

以上のとおり述べた。(立証省略)

理由

原告が、被告所有の本件土地のうち原告主張の三〇坪の部分に、その主張のような建物を所有して右土地部分を占有使用していたところ、都知事が原告に対し右建物の除却を命じたうえ、原告において右除却義務を履行しないことを理由に昭和三三年五月三一日付代執行令書に基き、同年六月二日建物除却の代執行をしたこと、右代執行の結果、被告において右建物の敷地三〇坪の占有を取得し、現にこれを占有していることは当事者間に争がない。

原告は都知事のなした代執行が無効であることを理由に、その主張の土地の占有を回復すべきことを求めているが、その主張の趣旨が、占有訴権に基く引渡の請求にあるとすれば、元来占有回収の訴は、他人の私力によつて物の占有を奪われた場合に侵奪者からその物の返還を請求することを認めた制度であつて、私力によつてでなく、権限ある国家の執行機関の行為又は公権力に基く執行行為によつて占有が奪われたような場合には、それが外観上執行行為と認めるに足りる方式を欠く等執行行為として不成立のものと認めるべき場合又は外観上明白に公権力による執行行為と認められない場合でない限り、たとえその執行行為につき瑕疵があり、無効と認むべき場合であつても、占有回収の訴によつてその物の返還を請求することは許されないと解すべきであるところ、本件代執行が、一般的にみてその権限のある行政庁たる都知事により、その権限に基く執行行為としてなされたものであることは、原告もこれを争わないのであるから、かりに原告主張のような瑕疵があり、しかもこれによつて本件代執行が無効と認められるべきものとしても、これを理由として占有訴権に基く引渡を求めることはできないといわなければならない。またその他にも、本件代執行が無効であるというだけで直ちに、原告が本件代執行によつて失つた土地の占有を回復すべきことを被告に請求しうるとする実体上の根拠はないものと解するのが相当であるから、本件代執行が無効であることを理由に土地の引渡を求める原告の請求は、その余の判断をするまでもなく失当である。

次に原告は、本件土地のうちその主張の三〇坪の部分につき賃借権を有する旨主張し、右賃借権に基いてその引渡を求めるが、原告がその主張のような賃借権を有することを認めるに足る証拠はなく、かえつて、成立に争のない甲第二号証ないし第四号証、証人宮崎秀之、同土屋鉄蔵、同右近重雄、同名取市平の各証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告主張の三〇坪の部分を含む本件土地は、その面する河川からの荷揚場として一般公衆の利用に供するため、大正年代に公共物揚場として指定され、右指定は本件代執行の後である昭和三三年一二月六日に廃止されたものであり(以上の点は当事者間に争がない)、右指定の廃止がなされるまで引続き東京都公共物揚場使用条例に基く都知事の管理下におかれ、荷揚場として一般の利用に供されてきたものであること、したがつて、本件土地を引続き三日以上専用しようとする場合は、右条例の定めるところに従い、都知事より占用の許可をうけなければならず、その場合でも占用期間は百日を超えることができず、荷役以外の目的に使用するための工作物を設置するなど本件土地を荷揚場としての使用目的以外の使用に供することは禁じられていたこと、しかるに昭和二二年頃から訴外箕輪熊彦において、右許可をうけることなく本件土地のうち原告主張の三〇坪の部分の地上に、原告主張のような建物を建築し、その後原告において右建物を右箕輪から譲受け、此処において油販売業を営み、引続き右土地を独占的に使用占有してきたものであること、原告主張の三〇坪の部分を除くその余の本件土地のうち約六坪(二一平方米)については、原告の息子資郎において昭和二八年四月頃小島静夫名義で百日間の占用許可をうけ、(占用目的、木箱その他陸揚)(甲第四号証)、右許可がその頃二、三度期間更新されたことはあつたが原告主張の三〇坪の部分については、原告が前記のように地上建物で営業しており、右土地を荷揚以外の目的に使用しているところから、占用許可の申請をしてもかつて許可が与えられたことはなく、かえつて都知事から前記箕輪及び原告に対して再三地上建物の撤去を要求され、これに対し原告においても、右土地占有の権原のないことを自認する前提のもとに、明渡の猶予を求めつゝ、右土地貸付方の陳情をなしてきたものであること、の各事実を認めることができる。証人名取市平の証言中右認定に副わない部分は採用しない。右事実によれば、原告がその主張のような賃借権を有しないことは明らかであるから、賃借権に基き土地の引渡を求める請求もまた理由がないものといわなければならない。

以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

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